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あいちトリエンナーレ/松田直樹「歩く男~Walking Man~」 【etc】report・review

10.25.2010 Comment:6
国際芸術祭・あいちトリエンナーレに行ってきました。

テーマは「都市の祝祭 Arts and Cities」。街全体が作品展示の場になっているところが特徴の芸術祭。オフィスビル、商店街、民家などの日常の場所の中に、アート作品やアーティスティックな異空間が突如現われます。この非日常的な感覚が大好き。

アート鑑賞は好きですが、多くの場合、作品のテーマを理解できなかったり、表現方法を「不毛」と感じてしまったりします。でも、細かいことは分からなくても、クレイジーなパワーを感じる作品に出会うこともたびたびあります。表現方法は何でもアリなのか?そうしたらMESSY的な表現も、「アートです」と銘打ってしまえばアートになるのではないかと思ってしまったり。まあ、そんなわけにはいかないだろうけど(笑)。

アート鑑賞ではMESSYな作品に出会うことも多いのですが、今回はお目にかからなかったので、2008年の横浜トリエンナーレから、松田直樹さんという方の作品の話を。

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松田さんは、吸殻、ホコリ、髪の毛など、普通の人は見向きもしない「ゴミ」を素材として用いて作品を制作しているアーティスト。その中に、裸になって全身に納豆を被ったポートレート作品がありました(歩く男~Walking Man~)。不毛きわまりないっ。しかしaiはこの作品に魅かれました。MESSYな要素があるのが一番のポイントかもしれないけれど、人間は、本当は理由のつかない不毛さをある程度持つ必要があって、「理由」や「効率」を求められ続ける社会生活を営む人間たちに代わって、彼は納豆を被っているのではないか、と思ったりしたからです。

ちなみに、aiは納豆を被りたいわけでは決してありませんので、あしからずです(笑)

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これはあいちトリエンナーレのポスターにもなっている草間彌生さんの作品。この色彩、ボディペイントの参考になるなあ、なんて。芸術鑑賞は、もう完全にMESSY的イマジネーション(妄想ともいう)のために行っている気がします。。。

ボディペイント的。 【etc】report・review

10.15.2010 Comment:8
秋も深まり、すっかりArtモードなaiなので、引き続きアート系MESSYの話題です。

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Panasonicの家電「NIGHT COLOR」シリーズのフライヤーです。CMやってたり駅にポスターが貼ってあったりしたのは1年くらい前でしょうか。
「忙しいだけの夜にサヨナラして、色々なカラ­ーのライフスタイルを楽しもう」というテーマ。MESSY的にはライトですが、コーネリアスがアートプロデュースをしてるって事でお気に入りなので、ご紹介。



「NIGHT COLOR」の動画を探しにYouTube観てたら、コーネリアスのPVでちょっとおもしろいのを見つけました。ぜんぜんMESSYじゃないんで期待しないで見てください。しかし、aiのイマジネーションは炸裂します。いや、イマジネーションじゃなくて「妄想」というのかなこれは。。。

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最後に、本日発見したボディペイント的マネキンその2(その1はコチラ)。いつも奇抜なウィンドウ・ディスプレイが楽しい某セレクトショップ。写真だけ撮って通り過ぎるつもりがついつい入店、買い物しちゃいました。今月は節約しようと思ってたのにぃ~。

浦田健二「human≒object(皮膚と被覆とフェティシズムの世界)展」 【etc】report・review

10.06.2010 Comment:4
先日、衝撃的なフライヤーに出会いました。

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「泥」で覆われた男女の写真。浦田健二さんという方の「human≒object(皮膚と被覆とフェティシズムの世界)展」のフライヤーです。

テーマは「人間の持つ精神性と物体性の揺らぎ」。「人を物のように見る」を制作スタンスとしている浦田さんが、人間の「皮膚」を、精神性と物体性の橋渡しをするものと捉え、それを被覆することで「人を物のように見る」ことを表現しようと試みたものです。

なんだか超興味深いっ。しかし会期は残念ながら終わっており(しかも会場は沖縄県那覇市)展示を見ることは叶わなかったので、せめて。。。と、おこがましくも浦田さんにフライヤーの現物をいただき、チョットお話も聞かせていただきました。

まずやはり興味があったのが、なぜ「泥」という手段を用いたのか。
「人体を一様な物質で覆うことにより、肌の質感は統一され、人格やイデオロギーを取り払った、一つの造形物として人を眺められないだろうか」という仮定からであると、フライヤーに記されていました。

また、フライヤーに書かれていたこの文に共感。

“人には、「もの」であるが故の儚さ、脆さ、美しさがある。”

これは、体現するとハッキリと分かります。「もの」になってしまう感覚。自分の存在、他人との境目、社会との関わり、そういうものは脆く不安定なものであるように思える。今まで「こうだ」と思っていたものが、揺らぎ、不安になる。それと同時に、捉え方次第で、無限の可能性があるようにも思えてくる。ハイな気分になる。

浦田さんの撮影でも、モデルさんのなかには「視界や聴覚、触覚に味覚や平衡感覚が奪われてフワフワしてくるので、中には怖がっている人や、不思議がっている人がいた」そうです。また、浦田さんご自身も泥を被り、「通常ではありえない状況に身を置かれて、なんだか不思議な気分だった」そうです。非常に共感。

非常に特殊な体験ではあると思いますが、ひと皮もふた皮も剥けます。仕事をしたり友人と笑ったり恋愛をしたりという普段の「私」は、単なる「もの」にもなり得る―捉え方次第で、今まで「私はこうだ」と思っていたものは、変えることができる。恐ろしい発見ですね。

なんだかコムズカシイ話になってしまったですかね(笑)芸術の秋なので!

彼の作品はいずれウェブサイト上でも公開されるそうなので、興味がありましたらぜひのぞいてみてください。
www.kenjiurata.com

Funny,Eros,Art―MESSYとアートについて 【etc】report・review

10.04.2010 Comment:8
最近MESSY好きの皆さんとお話したりお会いしたりして思うのは、「MESSY」といっても、いろんなジャンルがあるんだなあということ。

分類の仕方としては、「鑑賞派/実践派」「食材系/ペイント系」「着衣派/ヌード派」「汚したい/汚されたい」というのがあるでしょうか。どれも好きという人もいるでしょうし、これじゃなきゃダメという人もいると思います。

最近aiが興味を持っているのが、「楽しい(Funny)/エロい(Eros)/美しい(Art)」という分け方です。

・Funny…テレビのバラエティ番組/日常生活上でのパイ投げなど
・Eros…MESSYプレイ/MESSY的要素のあるAVなど
・Art…MESSY的要素のあるアート作品やパフォーマンス、音楽PVなど

勝手な分類ですけど(笑)。これも、どれも好きという人もどれかが好きという人もいると思いますし、要素を複合的に含む場合も多いと思います。

ところで今は芸術の秋(今日も美術館に行ってきました、MESSYは関係ないけど 笑)。というわけで、ちょっとアートの観点からMESSYを捉えたり、考察してみちゃったりしてみようと思っています。
次回へつづく。