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MESSYな読書案内#03 東村アキコ「主に泣いてます」~愛とパブロとベリーパイ~ 【etc】report・review

02.27.2011 Comment:6
0227_.jpg

もう少し 体ひねって
そうそう いいね
キレイだよ 泉

と言ってイケメン芸術家(浮気男)が描いているのは、顔面パイの裸婦(愛人)。。。というシュールな展開があるこのマンガは、Waterworksさんで紹介されていた、東村アキコ著「主に泣いてます」。

女が恋敵の女にパイを投げる(投げまくる)、しかし一番憎いのは恋敵の女ではなく浮気男のほうだと気づいて男にパイを投げに行くけれど、結局恋敵の女のほうにぶつかってしまう、という展開は、志村けん的でコミカル(そんな状況でのパイ投げは、現実ではなるべく避けたいけど 笑)。「岡持ち」に入ったパイを次々投げるシーンが圧巻。それにしても、美人の女性がひとりだけ一方的にパイを投げられるというバラエティ番組的シチュエーションは、やっぱりイイです。
ストーリー的には甘酸っぱい恋、「キュン」とくるような場面もあって、梅も花開く小春日和の今日に読むにはぴったりの一冊だった、かな?

ちなみに、作者の東村アキコさんも美人。美人漫画家の描くシュールな展開に、降参。

Tomoko kofuneko Body Painting-Releasing Feelings- 【etc】report・review

02.18.2011 Comment:0


“私は自分だけの皮膚を得た。この身体は、属性を取り払われることによって生命体の象徴­と化す。すべてはひとつであり、ひとつはすべてと繋がっている。”

ご存知の方も多いと思いますが、ボディアートのパフォーマー、コフネコトモ子さんのパフォーマンス映像。大好きなので、ブックマーク的に。
http://kofuneko.blogspot.com

穢れと引き換えに生きる実感を塗りつけて 【etc】report・review

02.15.2011 Comment:0
素敵なサイトを教えていただきました。SYO HARETOKEさんというフォログラファーのサイト。
SYO HARETOKEオフィシャルウェブサイト -MERCHEN DIVERS-

舞踏やライブペインティングなどの要素をミックスしているという写真作品の数々。幻想的で惹きこまれます。
“白塗りによって被写体の視覚的な容姿の魅力を排除し、また他者へと変貌をさせることによって表出するモノをフォーカスし、被写体依存の強い引き算の世界の写真に、どこまでアイデアを足し算していけるかというトライアルです”―「ひび割れ」という展示作品についての文章。興味深い試みだと思います。

デビュー作品の“ロンド―輪廻―”についての文章も、ちょっとドキドキするものがありました。
“穢れと引き換えに生きる実感を塗りつけて。”

定期的に展示会をなさっているみたいなので、見に行ってみたい。教えてくださったnさん、ありがとうございます。
 

Flickrの作品も素敵。特に「ひび割れ」作品集の中の「THE LAST TIME_001」という写真に強く惹かれます。

重力ピエロ/フェチは「記号のすり替え」である 【etc】report・review

02.05.2011 Comment:6
伊坂幸太郎の小説「重力ピエロ」が好きです。

主人公の弟、「春」という登場人物が魅力的。外見が良く(映画では岡田将生が演じていました)アートのセンスを持ち(同時に大きな傷(致命的な傷)も持っている)、オカシな洋服を着て「今は西暦何年でしょうか」と街の人にたずねる「未来の人ごっこ」を本気でやったり。そんな遊び心とクレイジーさに魅かれます。
彼は街中に書き殴られたグラフィティアートに対して「妥協した絵のどこが、『芸術』なんだ。それは、芸術の真似事で、煎じ詰めれば、自己顕示欲の発露でしかない。自己主張の言い訳だよ」と言います。「自己顕示」と「アート」の違いって何でしょうね。aiもよく考えるテーマですが答えは出ません。

この小説の好きなところのひとつに「色」があります。鮮やかな色彩がたくさん登場します。物語の鍵となる「グラフィティアート」はスプレーペンキで描かれた路上のラクガキ(春は自己顕示のためにラクガキをする若者の顔に赤いペンキを吹きつけます)。あるいは、タイトルにもなっているサーカスのピエロが登場するところ。

また、こんな文章があり、「グッ」ときてしまいました。

“布団の上にオムライスを引っ繰り返した私は、どこをどう慌てたのか、冷蔵庫からケチャップを持ってきて、布団一面に塗った。たぶん、一部がケチャップで汚れているよりも、一面がケチャップになってしまえばバレないのではないか、と思いついたのかもしれない。”

「フェチは『記号のすり替え』である」と同志が言っておられたのですが、なんだかそれがちょっと分かったかも。こういう文章からイカガワシイ何かを想像(妄想?)するわけではなく、この文章の表現とこの場景を想像し、「それ自体」にグッときてしまったから。

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思い出したのが某アートイベントで見つけた「緑色の部屋」。この部屋には「私が彼を殺した理由」というタイトルがつけられていて、日常生活の中に潜む致命的な「理由」を一面緑色の部屋に転々としている補色の「赤」で表現したものなのですが、日常が一色に塗りつぶされたこの部屋の中にいると、安心感と不安感が背中合わせになったような、すごく不思議な感覚になりました。
「塗りつぶす」「覆い隠す」ことで日常を非日常的な「物」に変化させてしまうということ。人間だけじゃなく、もともと「物体」であっても、「布団」とか「部屋」とか以前紹介した「ソファ」とか、人間に身近な日常であると、ツボにハマることがあるみたいです。これはさすがにaiだけかなー。かなりヤバいかも(笑)。

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くまの○ーさんも緑色(笑)。

伊坂幸太郎の小説の話に戻ります。「重力ピエロ」じゃなかったと思うけど、伊坂幸太郎の作品のどれかに「パイをぶつけられたような」という比喩表現が使われていました。一般にはあんまり共感されるたとえじゃないような(笑)。そんなシュールさも伊坂作品の好きなところです。
 
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